だーっの人間の土台をつくる ねっこ教育 ~ホンモノの教育を求めて~

豊かと思った未来は不安な未来の入り口でした。これからの時代を生きるためのホンモノの教育とは?大人もこどもも何を学ぶべきなのか?ねっこ教育が心豊かな家族のものさしをつくり、こどもの力を伸ばします!

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正義はどこにあるのか?

本日の朝ミーティング後の3分スピーチは私でした。

グリーンウッドでは朝ミーティング後に3分スピーチをする慣わしがあるんです。

今年は「新聞を読んで思ったこと」がテーマでございます。


私がスピーチした内容は、中日新聞に掲載されていた保育事故の再発防止についてです。


毎年、全国で十数人のこどもが保育園での事故で命を落としています。

行政の対応、動きの遅さにより事故の検証などが疎かであり、しまいには「現場は適切だった」の一点張り。

これは責任を負うことから逃れるための言い方です。


事故当事者の保護者の方が何度も出向き、聞き取りをした結果、実は保育士がこどもから目を離していた可能性もでてきたとのこと。


同じような事故を起こさないためには、なぜ起きたのか?どのような体制だったのか?などを検証して生かすことです。


民間だと徹底的に調査されますが、行政の陰にある保育園ではその市町村の考え方で対応は変わるのです。


これが今の現状。

だから行政の陰にある保育園等の情報開示義務も必要だ という内容でした。



私が思うに、 正義はどこにあるのか? ということ。




原因がわかるから対策を考えられます。


その原因から目を背けようとすることに正義があるのか?


なんのための行政なのか?なんのための保育園なのか?


住民の安全、安心を作るための行政のはずです。

ならば、再発防止のために謙虚に学び、それを生かす姿勢を示すべきではないでしょうか。


それができないシステムがあるとのこと。たとえば個人情報保護法など。


だったらどうすればいいのかを考えていきましょうよ。システムのせいにするのではなく、システムを変えようとする動きをとりましょうよ。


本質から目をそらし、保守的な考えのところに正義はないでしょう。



事故でなくなったこどものご両親の想いは、責任追及ではなく再発防止だった。


明らかにご両親は立ち向かった。


私はご両親を応援したい。



だーっ

| だーっのモノサシ | 12:20 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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タケノコ理論

最近のブログ更新は出張中ですね。

今は新幹線で東京に向かっています。


さて、ゴールデンウィークはいかがだったでしょうか。

私たちはだいだらぼっちのGW合宿でした。


参加人数も多く、心温まる合宿になったと思います。


こどもたちもよく頑張った。

お父さん、お母さんもたくさん体を動かし、いっしょに暮らしを創ってくれました。

OB・OGも、関わる方たちがだいだらぼっちの空間を共有できて嬉しかったですね。


現場スタッフもあれだけの薪を事前に切っておくのは大変だったと思います。あれやこれやと動く現場でしっかりと準備をこなしていたスタッフに頭が下がります。


さて、今回も様々な分野の方と話ができたくさんの学びになりました。


神戸のトミーのお父さん、たっちゃんから教えていただいた「感謝」の考え方について。

やっぱり人って、ココロのつながりからなんですね。

たっちゃんの実体験を聞かせていただき、私も感謝されるような人間になりたいと思いました。


詳しくはたっちゃんに聞いてくださいませ。飲み会で。



他にも私の足らないところを指摘してくれた方がいました。

だいだらOBで、海外一人旅をしているモザイク。←あやしいキャンプネーム(笑)

モザイクとは7年前に語り合ったことがあります。その時の彼は色々と悩んでいました。


私自身の海外の旅の話などをして、彼は海外一人旅に出る決意をしました。


そして7年後の再開。


「だーっには若者文化が足りない。」と叱咤激励。


彼の眼には力強さがありました。海外での経験やこれまでの人生で自分のモノサシを見つけていました。


今の若者たちは熱いココロザシを持っている。その人たちとつながることで新たなチャンスが生まれるとのこと。


なるほど!


確かに私はオシャレがわかりません。ピアスも怖いし、好きな音楽も長渕剛や中島みゆき。

なんで若い人はドクロの指輪とか、オドロオドロシイものが好きなんだろう と思っていました。


渋谷系?な文化は疎いですね。


私の性格の特徴は、最初は何でもOK。何でも興味を持てます。へえ~おもしろそうって思えます。


なので、若者文化にも触れてみたいと思い始めました。


恰好がドクロ系でも熱い人たちと話をしてみたいなあ。



いろんな分野でもねっこは同じココロザシ


メディアビジネスで言えば、ワンソース・マルチユース戦略の考え方ですね。


私の土臭い言葉にすればタケノコです。



同じねっこから、次々と若いタケノコが生まれてくる。



だいだらぼっちというねっこから、新しい分野が生まれてくる。

表にでるカタチは違っても、ねっこは同じ。


タケノコのその時の自然環境によって曲がったりするもんです。


要は時代によってカタチは変わる。でもねっこは同じ。


だいだらぼっちから次々とタケノコが出始めています。


これからどんなタケノコが出てきて、どんな竹になるのでしょうか。


楽しみですね!


私もいろんな分野を見ていきたいと思います。


ではではシクヨロ~! ←これはチャラ男?

| だーっのモノサシ | 09:56 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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給食費未払い問題

今日の泰阜は暑かった・・・。

寒がりの私でさえフリースを脱ぎました。




さて、気になるニュースが。

10年度の給食費未納が26億円!!!


未納の原因を学校に尋ねたところ、「保護者としての責任感や規範意識の問題」が53.2%(前年度53.4%)、「保護者の経済的な問題」が43.5%(同43.7%)だった。とのこと。


こどもの万引きは減少しているが大人の万引きは増加しているという情報も出ています。


なにが問題で、このような価値観になったんだろう。



当たり前のことが当たり前でなくなったと言われます。



このような問題も一部の方だと言われます。



しかし、26億円も未払いって一部なのかな?


大多数になっていくと、社会の常識が変わっていく気がします。



誰が悪い と言うだけではなく、システムや社会構造なども疑問に思っていきたいですね。



この問題を行政や政治のせいにしてしまっては、何も進まない。


自分たちにできることは? から始めないと。


これもマザーテレサがいう、身近な人を愛しなさい っていうことが入口かな。


だーっ


| だーっのモノサシ | 19:19 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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自分カッコイイ状態

東京帰りのバスの中です。

今回のバスは新車っぽい。新車の匂いが漂っている。


私の湿布の匂いも消されていいかも。


そうそう、東京でSUICAを使うたびに 自分カッコイイ と思ってしまいます。


ポケットからSUICAを取り出し、さっと改札を通り抜ける。

SUICAをポケットに入れる。


その間約2秒。



この感覚はバイト時代にもありました。


私は大学の4年間、ラーメン屋でバイトをしていました。料理にも興味がありましたし、探検部の伝統あるバイト先だったのです。


そのラーメン屋で さっと麺をゆでて、さっと盛り付けをする。


ミスなく完璧に決まると 自分カッコイイ状態に入ります(笑)


私は物覚えが悪く、バイト先でもよくミスをしていました。悔しいのでメモしたりして同じ失敗をしないようにしていました。

でもダメなんです。やっぱりミスするし、お客さんに失礼をしてしまう。


若干20歳の頃ですから、社会のこともわかっていないし、仕事も要領悪かった。

そんな私を育ててくれた店長に感謝ですが、自分カッコイイ状態に入る時は努力があってこそなんだと思います。


人よりもできない私はそのことを気にしていました。


なんで自分はこんなにできないのかって。


だから何とかしようと思った。その苦しみとちっぽけだけど努力したことでできるようになっていった。


じゃあ、SUICAがなぜ自分カッコイイ状態を生み出すか?


前にもブログで書きましたが、SUICAに憧れながらも、ずっと買い方がわからずに後回しにしていました。

だいだら参加者の保護者である まーごん に教えてもらい、ようやく手に入れました。

手に入れた後はSUICAを切符と同じように改札口に入れてしまい、閉じ込められました。


自分カッコイイ状態までの道のりがすごく長かったのです。


おそらく なに不自由なく買えていたら こんな気持ちにはなれなかった。


なんでもそうだけど 簡単にできるようになるって なんかもったいない。


うまくいかんな~ っていいながら少しずつできるようになるのがちょうどいい。


だーっ

| だーっのモノサシ | 18:16 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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いっしょにやっていこうよ というユタカサ

私が大分の別府に住んでいたころ、勉強が大嫌いのこどもでした。

特に本を読むのが嫌いでした。というか読もうとも思いませんでした。というか読むよりも遊ぶのを優先していたのだと思います。

いつも遊びたいから 本を読む必要性を感じていないアホガキ。それが当時の私です(笑)

今では 本は大好きですよ。本から何でも学べますから、本当にすばらしいモノだと思います。


さて、当時の実家の本棚に、「窓際のトットちゃん」が置いてあったのを今でも覚えています。

私は遊ぶことばかり考えていたので読もうとは思っていませんでしたが、なぜかその存在を覚えています。
そして著者は黒柳徹子さんというのもなぜか知っていました。


私は海外に放浪の旅に出て、いわゆる危険地帯にも入っています。そこで現地のこどもたちと遊んでもいます。


そんな経験があり、黒柳徹子さんの活動にも興味を持ちました。こどもたちのために様々な支援を行っています。ユニセフ親善大使です。


「トットちゃんとトットちゃんたち」という本があります。そこにこう書いてありました。

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私が会った子どもたちは、みんな可愛かった。

笑っている子ども、ふざけている子ども、赤ちゃんを、おんぶした女の子、さかだちを自慢そうに見せてくれた男の子、いっしょにうたった子ども、どこまでも、ついてきた子ども。いろんな子どもたちに、会った。

そして両親や姉兄を目の前で殺された子ども、ゲリラに腕や足を切り取られた子ども、親が蒸発し、小さい弟や妹を残された女の子、親友だった家畜が、飢えて死んでしまいぼう然としていた男の子、家も学校も、すべて破壊されてしまった子ども、難民キャンプを、たらいまわしにされている孤児たち、家族を養うために売春する子ども。

だけど、だけど、そんな、ひどい状況のなかで、自殺をした子どもは、一人もいない、と聞いた。

希望も何もない難民キャンプでも一人も、いない、と。

私は、ほうぼうで聞いて歩いた。

「自殺をした子は、いませんか?」
「一人も、いないのです。」

私は、骨が見えるくらい痩せて骸骨のようになりながらも、一生懸命に歩いている子を見ながら一人で泣いた。
(日本では、子どもが、自殺してるんです。)
大きい声で叫びたかった。

こんな悲しいことが、あるでしょうか。
豊かさとは、なんなの?

私がいろんな子どもに会って日本の子どもに伝えたかったこと。
それは、もし、この本の中に出てきた発展途上国の子どもたちを、「可哀想。」と思うなら、「助けてあげたい。」と思うなら、いま、あなたの隣にいる友達と「いっしょにやっていこうよ。」と話して。

「みんなで、いっしょに生きていこう。」と、手をつないで。

私の小学校、トットちゃんの学校には体の不自由な子が何人もいた。
私のいちばんの仲良しはポリオ(小児マヒ)の男の子だった。

校長先生は、一度もそういう子どもたちを「助けてあげなさい。」とか「手をかしてあげなさい。」とか、いわなかった。

いつも、いったことは、

「みんないっしょだよ。いっしょにやるんだよ。」

それだけだった。

だから私たちは、なんでもいっしょにやった。
誰だって友だちがほしい。肩を組んでいっしょに笑いたい。

飢えてる子どもだって、日本の子どもと友だちになりたい、と思ってるんですから。
これが、みなさんに、私が伝えたかったことです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


こどもの頃 家に窓際のトットちゃんの本があった。← 読んでいない。

海外に旅に出て見聞が拡がった。黒柳さんの活動にも興味が拡がった。

そしてようやくトットちゃんにたどり着いた。


えらい遠回りですが、人生はそんなもんなんでしょう。良本と師はベストのタイミングで出会うって言われますし。



私はこの文章を見ると涙が出てきます。

旅で出会ったこどもたちを思い出します。なんとかしないととココロが動いたことを。


でも、僕らができることは限られています。大きなことはできません。

まずは 身近な人たちに いっしょにやっていこうよ。 というメッセージを出すこと。

ユタカサって そんな人が身近にいることではないのでしょうか。



~P.S~

私がカンボジアに行ったとき、足を地雷で吹っ飛ばされたこどもに出会いました。人なつっこいこどもたちは、僕の周りに集まりだして遊ぼうと手を引っ張ってきました。

無邪気に遊ぶその姿。まぶしいくらいの笑顔を見ました。足のないこどももいっしょに遊んでいましたよ。僕も仲間にいれてくれましたよ。

「いっしょに遊ぼう」って。


だーっ

| だーっのモノサシ | 12:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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