だーっの人間の土台をつくる ねっこ教育 ~ホンモノの教育を求めて~

豊かと思った未来は不安な未来の入り口でした。これからの時代を生きるためのホンモノの教育とは?大人もこどもも何を学ぶべきなのか?ねっこ教育が心豊かな家族のものさしをつくり、こどもの力を伸ばします!

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メンドクサイを楽しむ暮らし

東京行きのバスの中です。

あいかわらず腰が痛みますが、だいぶやわらいできた感じがします。


さて、高知に行ってきました!

こども包丁の打合せです。

山村留学だいだらぼっちのこどもたちがニーズを出し、日本最高峰の職人さんが作り上げていく。


今回の打合せでコンセプトの摺合せができましたので、次は試作品を使っていく段階です。

これもこどもたちに実際に使ってもらい、こども目線のものに仕上げていきたいと思います。



最近 考えていたことがあります。


不便、メンドクサイ、無駄なこと っていう世間でいうマイナスイメージ。


このマイナスなことが実はプラスになっていたことって何だったんだろうか?


私の考えがあります。


不便さ、メンドクササから得られるものは 「生きる肯定感」 なのではないか。



昔はこどもたちが家庭の仕事を任され、暮らしの柱を担ってた訳です。

だから、こども自身、自分が必要とされる感覚があったのだと思います。

つまり、生きる肯定感です。


今ではたくさんの便利なものが溢れ、こども自身がいなくても生活がまわります。

こどもが必要とされている暮らしがありません。


その結果、こども自身は生きる肯定感を失っていき、しまいには自分探しをしてしまいます。


自分を探さないといけない時代。


自分がそこにいるのに、探さないと見つけられない不幸。


こんなことって本当にユタカなのか?



便利でいい暮らしができるかもしれませんが、家庭の中に少しは不便さを残せないだろうか。

メンドクサイことを楽しむ暮らしをできないだろうか。


私はこども包丁はその入り口なのだと考えています。


こどもに包丁を持たせて、野菜を切らせたら時間がかかります。

しまいには手を切って大泣きします。メンドクサイんです。


さっさと終わらせてゆっくりしたいのが大人というもの。


しかし、手間暇かかってやるからこども自身も上手になりますし、こどものおかげで料理が完成します。

生きる肯定感を培い、手作りの楽しさを学べます。


ちなみに、うちのよいちは3歳から包丁を持っているので料理好き。

今ではご飯の手伝いは当然として、おつまみも作ってくれます。


親も楽させてもらっています(笑)


メンドクサイを楽しもう! 生きる肯定感が生まれる。


そんな価値観が新しい時代を生み出していくと思っています。


だーっ
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