だーっの人間の土台をつくる ねっこ教育 ~ホンモノの教育を求めて~

豊かと思った未来は不安な未来の入り口でした。これからの時代を生きるためのホンモノの教育とは?大人もこどもも何を学ぶべきなのか?ねっこ教育が心豊かな家族のものさしをつくり、こどもの力を伸ばします!

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いっしょにやっていこうよ というユタカサ

私が大分の別府に住んでいたころ、勉強が大嫌いのこどもでした。

特に本を読むのが嫌いでした。というか読もうとも思いませんでした。というか読むよりも遊ぶのを優先していたのだと思います。

いつも遊びたいから 本を読む必要性を感じていないアホガキ。それが当時の私です(笑)

今では 本は大好きですよ。本から何でも学べますから、本当にすばらしいモノだと思います。


さて、当時の実家の本棚に、「窓際のトットちゃん」が置いてあったのを今でも覚えています。

私は遊ぶことばかり考えていたので読もうとは思っていませんでしたが、なぜかその存在を覚えています。
そして著者は黒柳徹子さんというのもなぜか知っていました。


私は海外に放浪の旅に出て、いわゆる危険地帯にも入っています。そこで現地のこどもたちと遊んでもいます。


そんな経験があり、黒柳徹子さんの活動にも興味を持ちました。こどもたちのために様々な支援を行っています。ユニセフ親善大使です。


「トットちゃんとトットちゃんたち」という本があります。そこにこう書いてありました。

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私が会った子どもたちは、みんな可愛かった。

笑っている子ども、ふざけている子ども、赤ちゃんを、おんぶした女の子、さかだちを自慢そうに見せてくれた男の子、いっしょにうたった子ども、どこまでも、ついてきた子ども。いろんな子どもたちに、会った。

そして両親や姉兄を目の前で殺された子ども、ゲリラに腕や足を切り取られた子ども、親が蒸発し、小さい弟や妹を残された女の子、親友だった家畜が、飢えて死んでしまいぼう然としていた男の子、家も学校も、すべて破壊されてしまった子ども、難民キャンプを、たらいまわしにされている孤児たち、家族を養うために売春する子ども。

だけど、だけど、そんな、ひどい状況のなかで、自殺をした子どもは、一人もいない、と聞いた。

希望も何もない難民キャンプでも一人も、いない、と。

私は、ほうぼうで聞いて歩いた。

「自殺をした子は、いませんか?」
「一人も、いないのです。」

私は、骨が見えるくらい痩せて骸骨のようになりながらも、一生懸命に歩いている子を見ながら一人で泣いた。
(日本では、子どもが、自殺してるんです。)
大きい声で叫びたかった。

こんな悲しいことが、あるでしょうか。
豊かさとは、なんなの?

私がいろんな子どもに会って日本の子どもに伝えたかったこと。
それは、もし、この本の中に出てきた発展途上国の子どもたちを、「可哀想。」と思うなら、「助けてあげたい。」と思うなら、いま、あなたの隣にいる友達と「いっしょにやっていこうよ。」と話して。

「みんなで、いっしょに生きていこう。」と、手をつないで。

私の小学校、トットちゃんの学校には体の不自由な子が何人もいた。
私のいちばんの仲良しはポリオ(小児マヒ)の男の子だった。

校長先生は、一度もそういう子どもたちを「助けてあげなさい。」とか「手をかしてあげなさい。」とか、いわなかった。

いつも、いったことは、

「みんないっしょだよ。いっしょにやるんだよ。」

それだけだった。

だから私たちは、なんでもいっしょにやった。
誰だって友だちがほしい。肩を組んでいっしょに笑いたい。

飢えてる子どもだって、日本の子どもと友だちになりたい、と思ってるんですから。
これが、みなさんに、私が伝えたかったことです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


こどもの頃 家に窓際のトットちゃんの本があった。← 読んでいない。

海外に旅に出て見聞が拡がった。黒柳さんの活動にも興味が拡がった。

そしてようやくトットちゃんにたどり着いた。


えらい遠回りですが、人生はそんなもんなんでしょう。良本と師はベストのタイミングで出会うって言われますし。



私はこの文章を見ると涙が出てきます。

旅で出会ったこどもたちを思い出します。なんとかしないととココロが動いたことを。


でも、僕らができることは限られています。大きなことはできません。

まずは 身近な人たちに いっしょにやっていこうよ。 というメッセージを出すこと。

ユタカサって そんな人が身近にいることではないのでしょうか。



~P.S~

私がカンボジアに行ったとき、足を地雷で吹っ飛ばされたこどもに出会いました。人なつっこいこどもたちは、僕の周りに集まりだして遊ぼうと手を引っ張ってきました。

無邪気に遊ぶその姿。まぶしいくらいの笑顔を見ました。足のないこどももいっしょに遊んでいましたよ。僕も仲間にいれてくれましたよ。

「いっしょに遊ぼう」って。


だーっ
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