だーっの人間の土台をつくる ねっこ教育 ~ホンモノの教育を求めて~

豊かと思った未来は不安な未来の入り口でした。これからの時代を生きるためのホンモノの教育とは?大人もこどもも何を学ぶべきなのか?ねっこ教育が心豊かな家族のものさしをつくり、こどもの力を伸ばします!

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こども包丁試作品

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こどものニーズから生まれた こども包丁の試作品を使っています。

こどもたちの意見で生み出され、こどもたちの意見で改良していきます。



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さすがです。

上手に使えますね!



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たまねぎも薄くスライス。

よく切れるから涙も出てきません。



・こどもたちによれば、軽くて使いやすい。
・料理が楽しくなる。
・自分の名前が入っている包丁がほしい。



などと好評でした。



ただいま 私は東京へ移動中です。
こども包丁を開発させるための会議を行います。いよいよ最終段階に入っています。



こどもたちの根っこを伸ばすために、タブーとされている刃物を家庭教育に位置付けたい。


だーっ
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| 最上級のねっこ教育 暮らしの学校だいだらぼっち | 08:38 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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明日 包丁づくりワークショップ

明日は有限会社トヨクニの濱口誠さんがだいだらぼっちにいらっしゃいます。

高知の伝統ある四代続く鍛冶屋さんです。

だいだらのこどもたちと包丁に関するワークショップを行い、こどもたちの視点から作られた包丁を開発します。

その様子を取材するためにテレビ局と新聞社が来てくれるようです。


一昨年の12月に高知に行き濱口さんにお願いしたことがようやく実り始めました。

私が楽しみにしているのはこどもたちの包丁に対する意見は当然として、濱口さんの刃物に対するココロザシをこどもたちが触れることです。

ホンモノの仕事をしている方たちと出会っていくこと。

これもホンモノ体験。

私は自然から学ぶ体験も大事ですが、人から学ぶ体験も同じように重要だと考えています。


いま 必要なのは ココロザシを持っている大人に触れていくこと。


それがこどものたちに大人の背中を見せることだと思います。


ココロザシを持っていれば、うまくいかない苦しみにぶつかります。
もがきながらも一生懸命に生きていきます。

そんな人間の素の姿。


いま 必要なのは 一生懸命に生きる大人たち。


濱口さんの生き様と新たなチャレンジをする姿はこどもたちにどう写るのでしょうか。


だーっ

| 最上級のねっこ教育 暮らしの学校だいだらぼっち | 19:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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一つの木の根っこが山をつくる

見えるもの 見えないものがあります。


見えるもの・・・・。


私はファッションにはまったくもって自信がありません。興味もありません。


見た目の重要性を知っていますが、そもそも なにを どう着ればよいのかわからないのです。


だから、どうしても人と同じような服で妥当なレベルを求めます。


要は自信がないのだと思います。


私は小さい頃から、兄のお下がりや父親の仕事の関係でもらってくるお酒関係のTシャツがメインでした。

お酒のTシャツを着ている・・・変なこどもですね(笑)


見えるもので判断されれば、私は酒好きのこどもということでしょうか。



見えないもの・・・。

私たちの人格や人間性というのは目に見えません。

樹木で言えば 根っこです。

根っこの太さ、拡がり、その力強さが後に 人生の豊かな実りをもたらすのです。



最近、私は「オシャレになった?」と言われることが たま にあります。

理由は、パタゴニアさん(アウトドア服のブランドメーカー)とプロセールス契約をして、しっかりとした服を着ているからです。


ファッションのふぁの字もわからない私がブランドメーカーさんのお力をお借りして、オシャレに見えるというのは驚きです。

見た目は、ブランドの力で何とかなるもんですね。


そのパタゴニアさんとプロセールスのお話をした時に、電話面接がありました。要はパタゴニアさんに相応しいか?ということでしょう。

質問に答えていきましたが、そこで問われたのは 根っこの部分。

目に見えない考え方や人間性を確認されたのだと思います。


おかげ様で良い縁とさせていただきました。


冷え性の私がパタゴニアさんのフリースのおかげで泰阜の冬を7枚の重ね着をしなくても越すことができるようになりました。


見えるものというのは、後からついて来るような気がします。

というか、なんとかなるもんだと思います。


見えない力は なんとかなりません。

いくら発言が立派で、すばらしいふるまいをしても 一時的です。どうせバレます。

長い目で見れば、空回りとなりやっぱりうまくいきません。


わかっているつもりですが、いったい どのようにすれば根っこを深く張れるのでしょうか?


私は まずは、根っこの見えないモノの存在を意識することだと思います。


つまり、見えない力を見ようとすること。


そうすることで、いまなにをすべきなのか?と自分で問い 良質な判断基準を持てます。


山村留学 暮らしの学校 だいだらぼっちの募集を締め切りました。


たくさんのこどもたちが来年度のチャレンジを検討しています。


だいだらぼっちに来て問われることは、

あなたは なにがしたいの? ということ。


いま なにをすべきなのか?という自分への問いは、見えない力を見ようとすることにつながっています。


自分への問い。

チャレンジ。

失敗。


その繰り返しで 見えない力が育まれていきます。

だいだらぼっちの教育力がここにあります。


こどもたちの果敢にチャレンジしようとする姿を見て、私自身も いま 何をすべきことなのかを問うていこうと思います。


一つの木が根を張っていき、他の木と共生し 山となり、地球をつくる。


一人一人の見えない力が、社会となり、時代をつくる。


だーっ

| 最上級のねっこ教育 暮らしの学校だいだらぼっち | 16:23 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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祝賀会 魂のスピーチ④

今回も祝賀会の魂のスピーチを。


「バカになる人たちがいた。」


15年目に参加された まこちゃん のスピーチです。


だいだらぼっち恒例の出し物大会でバカをやれる人たちがいたということです。

それはだいだらぼっちでないと見られなかったそうです。

まこちゃんは続けて言います。


「バカができるということは見守ってくれる安心感があったから」


バカの定義は?という議論は置いときまして、ここで大切なことは見守ってくれる安心感ということ。

安心感があるからチャレンジできます。


私はキャンプでこどもたちと過ごしてきましたが、キャンプ中にチャレンジできない子がいました。

最初は性格なのかなと思っていましたが、話を聞いたりしているうちにわかったことがあります。

それは、家庭の複雑な事情でキャンプに来ていたということ。

キャンプのことよりも、家庭のことが気になってチャレンジできないのです。

私自身の力不足もありますが、その子は最後まで積極的になりませんでした。


ご飯を食べる時も、寝る時も、遊ぶ時も おとうさん、おかあさんのことを気にしていました。


このことから私はチャレンジするための土台となる「安心感」は、家庭で創っていくことが必要なのではないかと思うようになりました。


まこちゃんのスピーチを聞いて、だいだらぼっちのOB・OGたちは 家庭の安心感を土台にしてだいだらぼっちにチャレンジし、さらにだいだらぼっちでの安心感も感じ、さらなるチャレンジをしてきたのだと感じました。


また、バカになれるというのは、自分自身を出せること。


だいだらぼっちは、違いを豊かだと捉え、認めていく精神があります。


実はその精神が「安心感」なのだと思います。


「安心感を生み出したいのならば、認めていくことから始めよう。」


まこちゃんから大切な精神を再確認させてもらいました。


まこちゃんは毎年キャンプの手伝いをしてくれていました。


今は就職してなかなか来れませんが、またいつでも帰って来てほしいです!


だーっ

| 最上級のねっこ教育 暮らしの学校だいだらぼっち | 16:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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だいだらぼっち祝賀会 魂のスピーチ③

今回も魂のスピーチについて紹介します。


「何でもアリなんだと思った・・・」


だいだらぼっち6~7年目に参加された ほだかさん のスピーチ。


だいだらぼっちに来て、仲間と暮らすことによって、また大人の姿を見て何でもアリなんだと感じたとのこと。

こう思えるのはものすごく尊いと思います。

私自身が自分の人生は自分で創るものであり、可能性はどこにでもあると感じるようになったのは、大学4年生でインドに一人旅に行った時のことです。

日本だけではなく、様々な宗教観、生き方、世界を見て回って、人間って何でもアリの世界の中で生きているのだと感じることができました。

だからこそ、自分で選び取って生きていくことの大切さを学んだのです。


私は何度か世界に旅に行き、ようやくわかったことですが、ほだかさんはこどもの頃にだいだらぼっちで学んだということです。


かわいい子には旅をさせろと言いますが、旅で学ぶレベルのことをだいだらぼっちで体感しているということ。


何でもアリなんだ・・・


これって ある意味 悟りです(笑)


人間は秩序の中で生きていますので、ルール、秩序が「絶対」となりますが、実は自由の中にルールが作られているのです。

ルールが決まった中で生きていれば、そのルールが生まれた過程を知りません。

そうすると、なぜ 今のルールが生まれたのかわからず反発心を生んでしまいます。

しかしながら、何でもアリという世界から生まれた秩序だとわかれば、そのルールの尊さが理解できます。


そこに住む人たちがうまくやっていくために生まれたルールなのだと。


何でもアリと知ることは、社会のルールを飛び越え、その上の人間とは何かという原点を知ることです。


こう考えると、だいだらぼっちとは哲学的な場でもあるのかもしれませんね。


4人のこどもを生み、子育てに励んでいるほだかさん。

赤ちゃんをおんぶしながらスピーチしてくれました。

力強いお母さんの姿。一昔前はその姿を見て、こどもたちは安心感を覚えていったものです。


毎年だいだらぼっちにお子様を連れて、ステキな笑顔で帰って来てくれます。


また たくさんお話してもらいたいなあ~。


人生 何でもアリよ。だから自分で人生を創りなさいってね!


だーっ

| 最上級のねっこ教育 暮らしの学校だいだらぼっち | 15:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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